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『フランス社会運動の再生: 失業・不安定雇用・社会排除に抗し』
2001 クリストフ・アギトン, ダニエル・ベンサイド (著), 湯川 順夫 (訳) 柘植書房新社 



 フランスは「社会運動」が盛んな国といわれている。これはフランス滞在中に一度でもストライキやデモに遭遇した経験のある人ならば、感覚的にわかることだろう。ストとなると公共機関も平気で止まるし、デモとなれば老若男女を問わず大勢が道路を埋めつくす。しかし同時にフランスは工業先進国の中で労働組合組織率が一番低い国でもある(2001 年で8%)。にもかかわらず、フランスではストやデモが組合の枠を越え、あっという間に大衆的な動員と支持を獲得する。とりわけ、1995 年冬の退職金制度改革法案をめぐる長期ストとその勝利は記憶に新しい。
 フランスの社会運動にとって、1990 年代は一つの画期的な転換期だった。本書はその転換の背景にあった社会の構造的変化と、それに伴う運動自体の新たな展開について、的確かつ簡潔に論じている。現場の臨場感と冷静な現状分析との程よいバランスは、運動の前線に身を置きつつも実践の理論へのフィードバックを欠かさなかった、C.アギトンとD.ベンサイドのような人物ならではだろう。本書の出版は1997年。邦訳版は日本の読者に馴染みの薄い部分を省き、新たに1998 年から2000 年の間に発表された記事及びインタビューを第一章に挿入することで成り立っている(その追加部分が従来の部分と情報的に重なってしまっている感はある)。では、変化とは何だったのか?
 それは、「労働運動」から「社会運動」への転換といえるだろう。すなわち、近年のネオリベラリズム的潮流の中での不安定雇用の増大、失業の定常化、不平等の拡大といった状況を受け、労働運動が変化を見せた。従来の企業的な雇用労働者組合のみを中核とする運動ではなく、移民、女性、青年、不安定労働者、失業者などの周辺的労働者をも含む広範な社会層との連帯がはかられると、運動は一気に広がりを見せたのである。周知の様に本書はATTAC 誕生史とも重なる。とりわけ1988 年の出現以来、独自の展開を遂げた独立型組合SUDについての詳しい記述は、ATTAC 型の社会運動組織が生まれた背景を知る上でも興味深い。SUD の重要な戦いの目標の一つは周辺労働者層を労働者自身の問題として捉えることにあり、既存政党との連携にこだわらないなど、90 年代に出現した新たな社会運動団体に共通する要素を備えていた。
 1990 年代は、持てる者と持たざる者との間の社会的亀裂が表面化した時代だった。そんな中1995 年12 月、政府の退職金改革法案に対して激しいストが行われ、内閣は法案の撤回を余儀なくされた。その後の数年は欧州社民勢力勝利の年ともいわれ、ネオリベラリズムの原則に基づく政府の「改革」に異議申し立てをする各種デモや、社会からの排除に抗するための、失業者やサン・パピエによる運動が、大衆的な支持と連帯を勝ち得て成功をおさめていった。ベルギーを始め近隣諸国でも呼応しあう運動が起こった。そして、それらの運動に積極的に参画し、理論的な分析と実践とを結びつける労をいとわない知識人達がいた。本書の著者らはいうまでもなく、P.ブルデューの名も記憶に新しい。「もう一つの社会を目指す」という運動の獲得目標が次第に明確な輪郭を表し、それが一国の枠にはとどまらない世界的な広がり持つことが確認された輝かしい瞬間であった。本書からもその煌めきと新しい運動への躍動感が伝わってくる。
 しかし21 世紀を迎え、運動を取り巻く情景はまた少し変わりつつあるようだ。9 月11 日テロが起こり、ユーロが導入され、ブルデューはこの世を去り、目の前には欧州の右傾化という現実がある。2002 年5 月、極右政党党首ルペンを80%台という高得票率で破ったシラク大統領は中道右派連合から成るラファラン内閣を結成し、次々とバックラッシュとしか呼びようのない政策を展開している。高所得者層に対する減税措置、警察官の増員と予算増大、対する失業手当や医療など社会保障関連費用の減額、青少年犯罪の厳罰化、テロ問題と関連づけた滞在許可書発行条件の厳格化、等々。そして2003 年7 月24 日、数ヶ月にわたる断続的なスト攻防戦、百数十万人規模に及ぶ全土でのデモ行進にも関わらず、一部労組の切り崩し工作成功を口実に、政府は念願の退職金制度改革法案を可決させてしまった。だが法案への合意に応じたのはCFDT など以前から労使協調路線を重視し、社会運動には否定的な勢力のみだった。対立の構図自体は変化していないのに、国会における多数派与党により力で押し切られる形となった。
 しかし、真の戦いはこれからだろう。悲願の法案を通過させたものの、あまりの世論の逆風の強さに、政府は残る「改革」−例えば教育の地方分権化や社会保障制度改革(という名の「不採算部門」切り離し)−に関して今年度中に取り扱うことを断念した。そして、労使協調派労組を中心とした「社会対話」による「3 年計画」で、残りの改革に対するコンセンサスを得ようという目算を立てているようだ。フランス社会はまさしく岐路に立っているのだ。状況は予断を許さず、世界の他の地域同様に類似の「改革」が進行する日本にとっても人ごとではない。
 1990 年代の輝きを過去の栄光にしてしまわないためにも、本書は今こそ読まれるべきであろう。とりわけ日本でATTAC に関わる者にとって、本書は興味深いはずである。何故なら、フランス社会のあり方とATTAC型組織の90年代における飛躍的な成功との関係を明らかにしているからだ。比較の上で、2003 年の日本社会が直面する事態に際して、いかなる戦略が可能かつ有効であるのか、思いを馳せてみるのも悪くはない。(隠岐さや香 kattac6号より転載)


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